昭和時代を代表する大スター!美空ひばり

大活躍の1950年代に「お嬢」の呼び方が生まれた

「ブギの女王」の座としてトップスターの笠置シヅ子のブギウギのモノマネで、一躍大人気となって映画主演も果たして美空ひばりの知名度は一気に上がりました。一方で元々笠置シヅ子が歌っていたブギウギが、美空ひばりという天才少女の登場で最初は面白がっていた笠置シズ子のほうも風向きが変わってきます。小学校を卒業して中学生になった美空ひばりは、師と仰ぐ川田とハワイへ巡業へ行って興行は大成功を修めますが笠置シヅ子からはブギを歌うな禁止されたりもしました。ハワイ巡業のあとは、そのままアメリカ本土へ渡ってそこでマーガレット・オブライエンという、美空ひばりと同じ年齢の子役スターとも面識ができて、このアメリカ本土を訪れたことでマーガレット・オブライエンと美空ひばりのい共演作品「二人の瞳」に繋がります。

昭和の名曲

天才子役として地位を築く

アメリカから帰国して帰国の第1作となった作品が「東京キッド」です。「東京キッド」は川田と美空ひばりの主演で、帰国報告的な兼ね合いもあった作品ですが、この作品で演技を披露して演技は大絶賛で「天才子役!!!」として大ヒットした作品になりました。そして主題歌の「東京キッド」も、もちろん大ヒットで天才少女としての地位を確固たる不動のものにしました。

お嬢の名曲

「お嬢」の誕生

「東京キッド」が昭和25年(1950年)に大ヒットしていますが、続いて二枚目スターとして人気絶頂の鶴田浩二とも共演をします。鶴田浩二と共演したのは昭和26年(1951年)に松竹映画で『あの丘越えて』です。この作品で鶴田浩二が演じたのは大学生で、美空ひばりはその大学生を慕う役柄でしたが、プライベートでも美空ひばりは「お兄ちゃん」と鶴田浩二を呼んで慕うようになりました。

「お嬢」の昭和の大スター美空ひばりは、『初』がつくものが多くあります。女性で『初』の国民栄誉賞を受賞しますが、昭和27年(1952年)に女性として『初』めて歌舞伎座の舞台に立ちました。まさに1950年代は美空ひばりが大活躍して、日本の国民的歌手となった年代だといってもよいほどの大活躍しました。

初めて歌舞伎座の舞台に立った昭和27年(1952年)4月は、プライベートでも大の仲良しになる江利チエミが歌手デビューをしました。江利チエミがデビューした4月に、美空ひばりはラジオ東京開局記念番組『リンゴ園の少女』が放送開始となり、その番組で主題歌を歌います。その歌が当時のレコード売上げ史上で最高記録となる70万枚を超えるヒット作の「リンゴ追分」です。「リンゴ追分」は大ヒットで、70万枚を超える売上げは戦後最大の売上げ記録となる販売数となりました。

昭和27年(1952年)に3人姉妹のひとり江利チエミがデビューしますが、その翌年の昭和28年(1953年)にデビューをしたのが雪村いづみです。雪村いづみがデビューした年に、美空ひばりは映画『お嬢さん社長』に主演で出演しますがこの映画をきっかけにマネージャーであり母親の喜美枝は「お嬢」と呼ぶようになりました。そしていつしか「お嬢」という呼び方は、美空ひばりの愛称となり周囲も自然に「お嬢」と呼ぶようになりました。

「お嬢」と呼ばれるトップスターとなった美空ひばりは、あるジンクスも生み出します。それは美空ひばりの相手役として映画に出演すると、その俳優は大スターとなるというジンクスです。そのジンクスとなったのは歌舞伎界から初代中村錦之助を歌舞伎界からスカウトします。中村錦之助のほうはというと、歌舞伎界では女形として高い評価を得てはいましたが、中村家の四男のということもあって歌舞伎界で主役を目指すことは難しい状況だったこともあって、美空ひばりの所属するプロダクションでは映画で美空ひばりの若手俳優を探していたところ、ちょうど中村錦之助に着目してスカウトします。

今でこそ歌舞伎界の俳優が映画に出演することも当たり前で、テレビドラマやコマーシャルにも出演しても、なんの珍しいこともないことでよくある話ですが、中村錦之助を歌舞伎界からスカウトした当時は、歌舞伎役者が映画に出るなどとんでもない!!と、歌舞伎役者たちから中村錦之助にたくさんの抗議があがるほどで、中村錦之助は父親の歌舞伎役者三代目中村時蔵から、「中途半端ばだめだ。映画界へと行くのなら歌舞伎を辞めていきなさい。もし映画で失敗しても歌舞伎に戻ることは許さない」とまで言われたほどです。

中村錦之助は歌舞伎を断念する道を選び、美空ひばりの相手役として昭和29年(1954年) 映画「ひよどり草紙」で共演映画「ひよどり草紙」で共演します。そして翌年東映時代劇映画の『笛吹童子』に出演しますがこの作品が大ヒットして、中村錦之助は美空ひばりと共演してから、翌年一躍スターの仲間入りを果たしました。ちんばみにプライベートのほうではというと、「ひよどり草紙」で美空ひばりと中村錦之助は共演してからふたりは恋に落ちます。ところがこのふたりの恋愛に、周囲がとにかく猛反対をします。猛反対しても全然ふたりは別れなかったので、三代目田岡も困ってしまい後に東映の社長になる岡田茂から美空ひばりと中村錦之助のふたりを諭して、なんとか別れさせたとか・・。まだまだ「お嬢」の恋愛は許されていなかったんですね~ まだまだ人気絶頂の「お嬢」にはガンガン歌って稼いでもらおうと思っていたのでしょう。

昭和時代を代表する大スター!美空ひばり